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屁理屈(プー)

父親は毎朝起きるとすぐに、煙草を吸う。僕もたまに吸う。でも余計に喉が渇くだけでちっとも美味くは感じない。水なりコーヒーなりを飲んでからにすればいいのになと思う。それはさておき最近では職場でも、仕事をしてるフロアから喫煙場所まで歩いて3分…といった具合に肩身のすごぶる狭い思いをさせられて、文字通り煙たがられて、なら煙草をやめたら煙たがられなくなるのかつったらそれはまた別の話のような気もするけれど、なんか必要以上にコソコソせざるをえない状況に追い込まれてつつあるような。買い物に行けば全館禁煙の建物だったり、そのくせちゃっかり煙草の自動販売機は置いてたりする意味がわからないし、ごはん食べに行ったら行ったで禁煙席と喫煙席に分けられてて、喫煙席のほうが風水的に悪い方角に設置されているのは間違いないわけで。そらいつまで経っても運気は上昇しいひんしお金も貯まらんわ。モテへんわ。おそらく国の政策として、喫煙者全員を悪者にしようとしているのだろうと思う。そうすることで、あわよくば批判の矛先を政府から喫煙者へ向けようとしているのではないか。郵政民営化の陰に隠れた喫煙者悪者化。そのくせJT経由で多額の税金を喫煙者からむしり取るのだからたまったもんじゃない。しかし喫煙するということが周りにそれほど迷惑を掛けているのだろうか。確かに副流煙云々とかそれはある。あとくわえタバコで歩き、あまつさえその後に吸殻をポイ捨てするようなバカな輩は、体中の穴という穴にシソの葉を詰められていい匂いをさせながら死ねばいいのにと思うけど、煙草の煙がなければ空気はきれいで澄んでるのか。都会の夜に星が見えないのも、光化学スモッグに覆われているのも、カブト虫はデパートで買うものだと思い込んでる子供がいるのも、ぜんぶ喫煙者のせいなのだろうか。むしろ迷惑をかけるという点を鑑みるなら、喫煙者よりは飲酒者のほうが、その傾向にあるように思えなくもない。酔っ払って暴れたりゲロ吐いたり、飲酒運転で交通事故を起こしたり、そっちのほうがより身近な迷惑な気もするし。まあ、吸殻のポイ捨てや寝煙草による火事のことを考えるとどっちもどっちもかもしれないし、喫煙者と同様、全ての飲酒者が悪いわけでもない。それはわかる。でも喫煙者と比べて飲酒者が肩身の狭い思いをするケースは少ないように思うのだ。むしろサラリーマンの場合は付き合いが悪いとか、飲むことを強要されるとか、酒が飲めないひとのほうが肩身狭かったりすることもしばしばだったりで。そんでこういうことを書いたら、それはお前が酒を飲めないからそう思うだけとか言われたりで。僕は飲めないのではなく、飲まないのだ。飲めといわれればいくらでも飲めるし、飲めば飲むほど強くなれるし、涙の数だけ強くなれるのだ。というのは全部ウソです。実際のところお酒は飲めませんし煙草も吸いませんしウンコもしません。赤ちゃんはコウノトリが運んできます。

禁酒法 「酒のない社会」の実験

禁酒法 「酒のない社会」の実験

  • 作者: 岡本勝
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: 新書

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