左手を添えるだけ

手をつなごうとしたら脇腹ぐりぐりの刑に処されたわたしのその後の有様について頼まれてもないのに報告させていただきますが、月日が経つのは早いもので、ゆり子さんとはじめて会ってから1ヶ月半が過ぎました。ゆり子さんとはわたしがお慕いしている女性のことであり、家宅捜索する捜査員と同じ目つきでわたしの部屋を見なかった唯一無二の女性のことでもあり、つまり石田ゆり子さんとは無関係なわけですが、脳内ゆり子選抜総選挙ではいまや二人は完全にライバルです。他を寄せつけない圧倒的な強さを誇ってきたゆり子さんの前にある日、彗星のごとく現れたゆり子さん。見えない火花を散らす二人。彼女らが織り成すドラマティックな物語をただ固唾を飲んで見守るわたし。そういえば以前、二人のゆり子さんと夜の海をクルージング中に船が沈没して、一人乗りの救命ボートを前に頭を悩ませる夢を見たことがありました。目が覚めたのは午前9時すぎ。悲しい結末でしたが、三人で死ぬことを選んだ自分を責めることはできず、正義って何だろう…と思いながら出勤したところ、わたしの全身に上司の小言が降り注ぎました。無力さにうちひしがれたわたしは自席に戻ってからもPCの電源を入れることすらできず、ただiPhoneのアルバムから「世界遺産」フォルダを選び、川まつりでゆり子さんと一緒に撮った画像をひたすら見つめていました。すると巨乳の彼女と週3ペースでエッチしている後輩がやってきて、iPhoneを覗き込み、唇を震わせながら「ウソだろ…」とつぶやいたまま動かなくなりました。しばらくすると彼は、年長者に対する敬意が欠片も感じられないにやけ顔をしながら「田中さん、だまされてんちゃうんすか?」と口走りました。だまされてんちゃうんすか…とはどういう意味か?とわたしは首をかしげ、だまされてんとはだまされ10で、ラッセンっぽいラッセンではない絵などのこれまで女性に騙されて購入した品々を心に負ったダメージが深かった順に並べていくコーナーのことだろうか…という結論に達し、走馬灯のごとく次々に蘇る呪われた記憶を蹴散らしながら人差し指と中指で彼の両目を突きました。ゆり子さんを悪く言う輩とポテトサラダの中のキュウリ、あと掻き揚げの中のゴボウだけは絶対に許しません。見つけしだい上司の毛根とともに根絶やしにしますが、はたしてわたしは何の話をしているのでしょうか。続きですよね続き。ごめんなさい。前置きが長くなりました。

約800匹。ぷりぷり怒りながら脇腹をぐりぐりしてくるゆり子さんの愛らしさをポメラニアンの数で表すとこうなるわけですが、これ以上ぐりぐりされると寝ている小さな息子が目を覚ましてぐずりはじめるかもしれず(隠喩)、そうなるともうおっぱいが恋しくなるので(そのまま)、すぐにぷりぷりぐりぐりをやめさせたい。でもはたして何に対してのぷりぷりなのか…?まさかおなかがへりすぎて八つ当たりをしているとも思えず、だとしたら手をつなごうとしたのがお気に召さなかったのか…?だとしても「順番がちが~う!」とは何なのか…?わたしが何かしらすっ飛ばしているのか…?それとも昨日の夜、ハンバーグの後はわたしのデミグラスソースをごっくんですか…などと布団の中で薄ら笑いを浮かべていた罰なのか…?や、やめろ…やめるんだ…!わたしの中の気まぐれシェフがアワビのホワイトソースがけを作りたそうな顔をしている…

謝りたい。いろいろ謝りたい。理由は伏せたまま謝りたい。まずはとにかく機嫌を直していただかねば…と顔を引きつらせてちらっと隣を見たら、ゆり子さんがいませんでした。すぐ目の前にあるコンビニの中にいました。いつの間に?そしてなにゆえに?と不思議に思いながらじっと見てたら目が合って、すると手を振ってくれました。女の人が胸の横あたりで遠慮がちに小さく手を振る姿、かわいいですよね。でも残念なことに今日のゆり子さんは見たこともない変な生き物がプリントされたTシャツを着てたので、そいつが手を振ってるようにしか見えなかった。正直怖かった。彼女は小走りで飛び出してきたかと思うと、手に持った抹茶味らしきソフトクリームをうれしそうな顔でぺろぺろしはじめました。ぷりぷりの次はぺろぺろでした。ポメラニアンが1000匹に増えました。わたしはもうだめだと思いました。頭の中ではポメラニアンのみなさんが列を成して、生まれたままの姿で寝っ転がったわたしの乳首を順番にぺろぺろしはじめました。朦朧とする意識の中、手をつなぐのはナシで脇腹ぐりぐりするのはアリなのか…女の人の気持ちはわかりませんね…といういつもの結論に至りましたが、とはいえ今からおいしいハンバーグのお店に行こうとしているのにコンビニで買い食いするなんてどうかしているのでは…と我に返り、ゆり子さんといえどもこれはちょっと…ここはひとつ大人の男としてびしっと物申すべきだと決心したわたし。白いタンクトップ姿でおっぱいを揺らしながら砂浜を走る綾瀬はるかさんを想像して自分を鼓舞しました。「ゆり子さん、ちょっといいですか」と声を掛けながらちらっとまた隣を見ると、なぜか彼女はにっこり微笑みながら、ソフトクリームをこちらに突き出していました。そして尖ったものを人に向けるんじゃない!と思う間もなく、耳を疑うような一言をわたしにぶつけてきました。

「田中さん、一口食べます?」

このタイミングのKCC(Kansetsu Chissu Chance)は完全に想定外でした。身体に力が入らなくなり思わず膝をつくわたし。すると危険な女神の生足が視界に入り、前屈みになり、図らずも土下座の体勢になりました。両目は生足を捉えたままで、再びわたしはもうだめだと思いました。手をつなぐのはナシで脇腹ぐりぐりはアリで間接チッスもアリとはこれいかに。今すぐお会計して!と思いました。「順番がちが~う!」というその言葉、そっくりそのままお返ししたい。かつて前戯さんと呼ばれていたわりにずいぶん臆病ですねえ…と鼻で笑われるかもしれない。でもそれはちがう。たわいのない会話のひとつひとつさえもが全て前戯であり、挿入するまでの果てしない長さと挿入してからの一瞬の煌き…これがわたしの選んだ人生なのだから…と頭の中で誰にともなく説明しながら、でもどう反応してよいかわからず、うう…うが…と言葉にならない声を発していると、まるで試すように「ほれ?ほれほれ?遠慮せんでええぞ」とじりじり距離を詰めてくるゆり子さん。芸能リポーターのようにソフトクリームを突き出してくるゆり子さん。これ以上躊躇するのはかえって失礼にあたるのでは…と自分で自分に言い聞かせてぺろぺろしました。わたしはこれで人間やめました。そう思いながらぺろぺろされた形跡を狙いすましてぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろちゅぱちゅぱぺろぺろぺろぺろしました。あまつさえ口をつける寸前にニオイを嗅いだりしました。犯罪係数300超えの瞬間です。お母さん、ごめんなさい。来世はマウスの裏に付着した黒いカスとして生きます。なのに、ゆり子さんたらもう、わたしがぺろぺろしたのをぺろぺろしている…!これが噂に聞くKCR(Kansetsu Chissu Return)…!

このあたりからかなり記憶が曖昧なのですが、ハンバーグは食べたようです。シャツに小さな染みがついていたのでおそらくは。お店を出てからお城の近くの公園に寄って、石段に座ってお話をしたような気がします。「ゆり子さん。あのですね…ひとつ質問が…」「プライベートな内容はちょっと…」「まじめなコーナーです」「コーナー…」「いきますよ」「お願いします」「では」「はい」「わたしの気持ちはお伝えしたつもりなのですが」「はい」「ゆり子さんはわたしのことをですね…」「はい」「いや、わたしたちは世間一般でいうところのあれなのかっていう…」「はい?」「うう」「ちゃんと言わないとちゃんと答えられません」「ああん」「コーナー終了?」「…今日はもういろんな意味でおなかいっぱいなので終…」と途中まで口にしたところで突然ぐいっと引き寄せられて、あ~れ~となっていたら「何て言ってほしいんですか?」と耳元で囁くような声が聞こえてきた気がします。息がくすぐったくて、顔面温度が自分史上最高に上がって、あとめちゃくちゃ勃起しながら「…よろしくお願いします、でお願いします」「田中さん」「…はい」「わたしでいいんですか?」「はい」「ほんまに?」「ぜひ」「ふふっ」「くすぐったいですよ」「ここが弱点ですね」「ええまあ…いやそうじゃなくて…」「こんなんでよければ、これからもおつきあいしていただければと…」「…」「ふつつか者ですが…」「…」「黙るのはよくないのでは…」「…うれし死ぬところでしたので」「それは困ります」「走り回ってもいいですか?」「だめです」「照れますね…」「暗くてよかったですね…」「…自信がなかったんです」「もう!おじさんがんばって」「おじさん言うな」「おじさん顔赤いですよ」「…好きです」「ふふっ」

駐車場まで手をつないで帰りました。

 

ぺろぺろぺろ

ぺろぺろぺろ

 

 

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地震 、雷、火事、オカン

子供の頃に「おまえの母ちゃんデベソ~」とふざけて言ったわたしの友達を家に呼び、精神攻撃を延々と浴びせ続けて泣かすぐらいには常軌を逸している部分がある母から、朝ごはんを食べていると「お母さんな、大腸の検査してもらいに行かなあかんねん」と不意に告げられ口から食パンを発射しました。そのような重めのパンチをZIP!見ながらしれっと繰り出されても困るなあとうんざりしながら「…何それ?」と聞いたら「検便に血が混じっててん」と言い、「…検査いつ?」と聞いたら「今日の昼から」と言うのでマーライオンのごとく口からコーヒーを垂れ流しました。お、おめえいいパンチ持ってんなあ…と膝から力が抜けていくのを感じながらも気を取り直して結果が出たら絶対メールするように、あと朝ごはん中に検便の話をするのはやめてとしつこくお願いしてから出勤したものの、万が一のことがあったらどうしよう…と悪い結果を想像しては気分が滅入り、気が気でなくなり、意味なくフロア内をぐるぐる回ってみたりしながらメールを待ちましたが、夕方になっても音沙汰なし。まさか…?いやそんなことは…と不安が押し寄せてきていてもたってもいられなくなりおそるおそるメールしたところ、

「気になる結果は…」

「どっち?」

「アウト?セーフ?」

「ヨヨイのヨイ」

「セーフでした」

「晩ごはんは焼きうどんです」

と数分おきに小刻みな返信がきて、こめかみから何かが連続して断ち切れる音がしました。やがてそらそやろ感に全身が満たされました。むしろその流れでアウトだったりしたらちがう病院に行ってほしいし、途中に救急車の絵文字が入っているのもなぜか無性に腹立たしい。でも最後のお知らせはちょっと嬉しい…焼きうどん…好き…といろんな感情でわなわなしながら、でもほっと安心して、身体の力が抜けてしまい、椅子に倒れこんだ拍子にブブミッとおならとおなら以外のものが出て、わたしも検査してもらったほうがよいのでは…とは思いました。

 

小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。

小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。

 

 

ダンスがうまく踊れない

ゆり子さんを食事に誘いました。ゆり子さんとはわたしが想いを寄せている女の人のことであり、石田ゆり子さんとは無関係です。「医師たちの恋愛事情」とかいう名前のドラマは一秒たりとも見ていませんが、斉藤工さんが所有するすべての靴下が片方だけなくなったらいいとは心の底から思っています。医師たちよりおっさんの恋愛事情を今は大事にしたいのです。全てのゆり子がそうなのかは知りませんが、わたしが知るゆり子は全身から後光がうっすら差しているので見ていると自然に手を合わせてしまうという点においては瓜二つ、そしてゆり子さんの二つの瓜についてはいまだ謎です。BもしくはCの線が濃厚ですが、本当のところはどうなのか。この謎が解明される日はやってくるのか。いや待って。その前にチッスです。そろそろ金銭の授受が発生しない形でのチッスがしたい。したいんです。謎を解くのはそれからでいい。いいんです。窒息死する寸前までゆり子さんの瓜の谷間に顔をうずめて三途の川を行ったり来たりするのはその後です。それはさておき金曜日、仕事を終えたわたしが駅までお迎えにあがると、キャップ、Tシャツ、ショートパンツ、スニーカーといったいつもの大人っぽい雰囲気とは異なるファッションのゆり子さんが、ラーメン屋の前に立て掛けられたメニューに顔を近づけて食い入るように見つめていました。おなかがすいているのが丸出しでした。萌え尽き症候群に襲われたわたしはその場でしばらく勃ち尽くさざるをえませんでしたが、視界の端におまわりさんらしき人の姿を捉えて我に返り、前屈みのまま彼女に駆け寄りました。彼女は生足でした。前屈みを超えて二つ折りになりました。

「なんかいつもとちがいますね」

「フフフ…今日は上から下まで田中さんに寄せてみましたよ」

「ということはノーブラ?」

「なんでやねん」

「えー」

恋人同士の会話が寒いのはそうでもしないと熱さで溶けてしまうからだというのをこの瞬間に学びました。人は涙の数だけ強くなれるし、学んだ分だけ鼻の下が伸びます。しかし10秒後にはすっと真顔に戻りました。確かに先週ゆり子さんに大事な話を伝えたところ、「うれしいです」と答えてもらいました。上腕二頭筋以外の箇所がカッチカチやぞ!とは思いましたが、実は同時に「うれしいです」の意味するところは何か?という一つの疑問が芽生えていました。要するに、うれしい、楽しい、大好きなのはドリカムの中だけの出来事であって、現実にはうれしいイコール春のはじまりとは限らない。「うれしいです…でも仮性包茎の人はちょっと…」みたいな意味合いを含んだパターンがないとはたして言い切れるのかという不安。これはもう、仮性包茎を受け入れるのか受け入れないのか、その点をはっきりしていただく必要があった。悶々とした気持ちが破裂しそうになりいつも以上に仕事が手につかず、やめていたカントリーマアムにも手を出しました。夜は眠れないのに不思議と会社では眠れたりもしました。そんなわけでしたが、そんなことはどうでもよくなるほどゆり子さんのTシャツは変でした。プリントされたキャラクターがグロテスクすぎる。ロード・オブ・ザ・リングのゴラムをちょっとマッチョにしたようなその生き物は何なのか。どこに売ってるのかもわからない。やっぱり少し変な人かもしれない。が口には出しません。わたしとて紙おむつ履きたい側の人間ですから。何にせよ、図に乗るなよこのド早漏が…と自分を戒めました。

「どこ行きましょう?」と聞かれて「ナイショです。でも怪しいお店ではありませんよ?」と答えました。わたしの顔をじっとのぞき込むゆり子さん。それ以上近づいたらディープチッスの刑に処す…とどきどきしながら、巨乳の彼女と週三ペースでエッチしている罪深き職場の後輩に教えてもらったハンバーグがおいしいお店にお連れしたいと説明しました。「ハンバーグ…!」と目を輝かせるゆり子さん。お母さん、息子は今、太陽系で一番かわいらしい女の人と並んで歩いています。生きてるって素晴らしい…と幸せを噛み締めました。なので以前そのお店に一人で食べに行ったら店内がわたし以外全員カップルで、不思議なほど何も味がしなかった日のことは黙っておきました。二度と行くまいと思ってましたがまさかこんな日が来ようとは…と感慨深げに目を細めたわたしは、ハンバーグを想像しているのか隣で口を半開きにしている無防備な彼女をちらっと見て、目をくわっと見開き、フォォォ…と大きく息を吐いてから「急ぎましょう」と言いながらさりげなく手をつなごうとしました。手と手が触れた瞬間、脇腹をぐりぐりされました。そのようなことを三回ほど繰り返したところで「順番がちが~う!」とぷりぷり怒るゆり子さん。順番…?とわたしは困惑しました。

(続く)

 

ハンバーグハンバーグ

ハンバーグハンバーグ