感触は永遠

意外に思われるかもしれませんが、会社には遅刻するほうです。目が覚めてなにげにテレビの電源を入れると南原さんがちらっと見えて、おや?ああ、これは確か…アサナンデス…と胸を撫でおろしたこともありました。でもゆり子さんとのデートにはいまだ遅刻したことはありません。それはなぜかと聞かれても、ゆり子さんには終身雇用されたいので…としか言えないのですが、寝坊の神に寵愛されているわたしとしては、休日のデートはそういう意味でも前日の夜からどきどきです。ソースの二度漬けとデート当日の二度寝は絶対ダメなのはわかっている。わかっているのです。とはいえiPhoneのアラームのみではいささか心許ないので、最近目覚まし時計を購入しました。「この店で一番効くやつを頼む…」と某家電量販店の店員さんに告げると、なぜだかややこしい客を見るような目をされました。ところでゆり子さんとはわたしがおつきあいしている女性のことであり、つまり石田ゆり子さんとは無関係なわけですが、はたして運命の赤い糸というものが実在するならば、彼女のほっそりとした人差し指に結ばれた糸を辿っていくと亀甲縛りされて恍惚の表情を浮かべるわたしの姿があるのは言わずもがなですし、中三の頃から心身ともに成長がぴたりと止まった件についても、今となっては13歳の年齢差を埋めるためにあらかじめ用意された神様からの贈り物としか思えないわけで。ただ、おちんちんだけはもうちょっと育ってほしかった。あと長男なのにおちんちんが末っ子気質なのはなにゆえか…

先週末、わたしの部屋でるるぶ的な雑誌を見ながらたこ焼きを食べていると、「お互いの一番好きなところを言い合うのコーナー」とゆり子さんが意味不明なことを口走り、お約束のようにわたしは口からたこ焼きを発射しました。最近気づいたのですが、彼女は発射させたがるフシがあるようです。そっちがその気なら…と皮まくり(※腕まくりの類似語です)しながらも、「そういうのはちょっと…」ともじもじしていると「観念しなさい」と目に力を込めて言い、「医者に止められているので…」とすっとぼけると「じゃあわたしから言いますよ!」と怒りはじめるゆり子さん。ひとまず謝るわたし。だって無理でしょ普通…例えるなら買取りまっくすで一枚だけDVDを選べと言われてるようなもんですから…選べませんって普通…天使もえさんとか…鈴村あいりさんとか…神木さやかさんとか…ねえ…あの…いや…なんていうか…ほら…ビルの警備室なんかですごい数のモニター並べて監視してるじゃないですか…ああいう状態でいっぺんに見たいぐらい好きなんですよ僕…この気持ち…どうか届きますように…とは言えないので、買取りまっくすをケーキ屋に置き換えて伝えたのですが、わたしの肩にアゴを載せたまま耳をふさいで頬をふくらませている彼女がコツメカワウソの赤ちゃんの二億倍かわいいので諦めました。どうしても一個には絞れないことを断ったうえで三個だけ発表したところ、「こ、これはなかなかに…恥ずかしくなりますね…」と感想を述べたゆり子さんは、期待が顔に出ないように努力しながら鼻をパンパンにしているおじさんに向かって、「わたしは…ほっぺたがツヤツヤしているところにしておきます」と発表してきました。あかん…それはあかん…それはオチとして弱すぎるぞゆり子…とがっかりしながらたこ焼きにまぶされた青のりをじいっと見つめていると、アゴに載せられていた顔が不意にわたしに近づき、ほっぺたに唇が押し当てられました。もう一度書きますが、ほっぺたに唇が押し当てられました。その間おそらく数秒の出来事でしたが、歴史的事件が起きた瞬間でした。もしわたしが今死んだら、凶器は鈍器ではなく軟器。死因はもちろんやわらか死。

たこ焼きが冷めた分だけ人間の身体は熱くなります。

 

ほっぺに、ちゅー。 (こども絵本)

ほっぺに、ちゅー。 (こども絵本)