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こりごりチョップ

「今の田中くんに必要なのは積極性とチャレンジ精神ですね」と上司がアドバイスめいた寝言を口走るのでおまえは一体何様のつもりだと思ったのですが、考えるまでもなく課長様。なので鵜呑みにして一発芸大会への参加を決意しました。一発芸大会というのは職場全体で催される新入社員歓迎会の中の1コーナーなのですが、一発芸を披露したがるような無謀な社員はほぼ皆無。結果として新入社員が自己紹介した後で1曲歌ったり抱負を述べたりするという、ぬるいイベントに成り果てているのでした。だからもし僕が心揺さぶるパフォーマンスを魅せることができたなら、かなりのアピールポインツになりうるわけで。給料だってうなぎ昇りさ。新入社員だって驚くはず。そして会社という果てしなく続くサバイバルゲームの厳しさ、また会社員としての心構えなどを僕の背中から感じ取るはず。ようし、おじさんそろそろ伝説になっちゃうぞ。幹事にそそくさとメールしました。


んで歓迎会当日。体力を温存するために朝から仕事は抑え気味。午後から約2時間ほど休憩室で仮眠。夕方、車で会場(なぜか民宿の宴会場)へ向かうのも後輩に送ってもらうという万全の態勢です。ぬかりがなさすぎる自分が恐ろしい。到着後の18時きっかりに、社長の長っちょろい挨拶で歓迎会スタート。時間が経過するにつれてハッスルするみなさん。場は盛り上がってきたけれど、やはり体力を温存するために飲み食いするのを控え、会場の隅でビール瓶のラベルにプリントされた麒麟をぼんやり眺める僕。そして軽くウォーミングアップ。「キリンさんが好きです!でもゾウさんは モット チュキダカラ!」。そんなことを呟いてたら一発芸大会の参加者、つまり新入社員と僕にお呼びがかかりました。あみだくじで披露する順番を決めるらしい。でも僕は大トリを任せられているらしく、くじは引かなくていいとのこと。そらそうだ。すでに僕以外のブルーなヒップのヤングボーイズはかなり緊張してましたから。お願いですからこの短い足を引っ張らないでくれたまえよキミ達。前座は前座なりにがんばりたまえよキミ達。総務部女子(メガネ)の美声により一発芸大会の開始が告げられました。参加者は全員舞台袖でスタンバってるので、他のひとが何をやっているかは分かりません。でもカラオケという逃げ道をチョイスしている新入社員は少ないようで、なかなか骨のあるやつが揃っているぜと少し見直したりしました。またそれなりに笑い声も聞こえてきたので、最低限の仕事はしてくれているなと胸を撫で下ろしていると、そろそろ出番が回ってきたようで。しかし自分でも驚くほどにリラックスしている。それもそのはず。今回僕がやろうとしている形態模写は、半年前から秘密裏に訓練していたものなのでした。まるで会得するのに要した月日が、血となり肉となり自信となって僕の体にみなぎっているかのように。主に肉、というか脂肪なのはこの際目をつぶっておきたい。


そう、確かにこの時、僕は小橋建太さんだった。建太は意気揚々と舞台の中央へ、もといリングへ向かいました。まばらな拍手の中、花道をのっしのっしと歩いてリングインしました。さて当然のことながら、今から僕は水平チョップをしようとしているわけですから、水平チョップを受ける役というのが必要です。なので後輩を1人、リングに招き入れました。会場まで送ってくれた彼です。この大役を任命されたのがよほど嬉しかったのか、彼の体はぷるぷると震えていました。そんな彼の耳元でこっそり、「今から小橋建太さんが水平チョップをしている時の形態模写をやるので、あなたのできる範囲で構わないので、水平チョップを受けている時の三沢光晴さんになりすましてください」とお願いしました。思い切り眉をひそめやがりましたので、更に「あとで2千円あげますから」と付け加えました。満面の笑顔を浮かべる後輩。どうやら大丈夫そうです。財布の中には千円ちょっとしか入っていなかったのですが、この芸が終わる頃には彼とてまた、未曾有の達成感に包まれてお金などどうでもよくなっていることでしょう。ちなみに説明しておきますと、小橋建太さんが水平チョップをする時は、チョップをしている手よりも、もう片方のチョップをしていないほうの手の動きが最も重要なポイントになります。次に表情、つま先の角度といった順で押さえておくとよいです。あとコーナーポストに相手を追い詰めておいて、というのが最もポピュラーなチョッピング・シチュエーションなのですが、もちろんこの会場には赤青いずれのそれも見当たらないので、後輩の背中にマイクスタンドを置き、それをコーナーポストに見立てて模写することにしました。リングに対峙する2人。まず1発、挨拶代わりに後輩の胸板へ渾身の水平チョップを放ちました。更にもう1発、更にもう1発とチョッピング。力を抜くとリアリティに欠けるので、本気でチョッピングしました。10発ほどのチョッピングの後、ちゃんと三沢さんになりすませているのだろうかと後輩の顔をちらりと伺うと、こともあろうに彼は、にい、と口の端を曲げて笑みを浮かべているではありませんか。なんかあんまり効いてないような…。痛くないのかな三沢…。というかそれ、三沢光晴さんじゃなくて鈴木みのるさんじゃないか!ちゃんとやれよ!少し腹が立ったので更に何発もチョッピングしました。そして一旦停止の後、またチョッピング。とどめはローリングチョップ、という小橋建太さんの十八番を繰り出しました。どさりと音を立てて、みのるが膝から崩れ落ちました。どよめく観客。ふふふ。少し本気を出してしまいましたが、やはり僕の敵ではなかったようです。額に浮かんだ汗を拭いながら観客の声援に手を振って応えていると、視界の端にゆらりと立ち上がる何かが映りました。それは後輩。後輩というかみのる。みのるの顔にはやはり、にいという笑みが。ひいっ、こいつ魔物か!少し怖くなりました。でもそれを顔に出してしまえば相手の思うつぼ。逃げちゃだめだ!逃げちゃだめだ!逃げちゃだめだ!水平チョップを放ちすぎたせいで腕が痺れてるけど逃げちゃだめだ!これは死合なのだと自分に言い聞かせました。この状態でバーニングハンマーを繰り出せるのだろうか。いや、出せる出せないではない。出すんだ!大丈夫さ僕ならきっとやれる!自分を信じろ!などと小芝居を演じてたら胸にびしりという衝撃が。驚いている間にまたびしり。このとてつもなく重い衝撃はまさか…。後輩に逆チョッピングされているのか僕は。おいおいみのるの次は佐々木健介さんかよ…。というか本当に痛い。あと笑いながらチョップするのやめて。そう目で訴えたところで止まりません。びしり、びしりとくるたびに根こそぎ意識を刈り取られそうです。反撃する気力も湧いてきません。会場のどよめきさえどこか遠くに聞こえはじめてきました。ああ、死ぬってこういうことなんだ…。思い出が走馬燈のように脳裏を駆け巡ってきました。主にインターネットの思い出が。結局小倉優子さんとはチューすらできなかったよ…。そうしてチョッピングを30発ほど浴びた時、遂に視界が黒く塗りつぶされました。ブラックアウト。死んだ。これは間違いなく死んどるな。


目が覚めると自宅の万年床でした。息を吐くと胸に鈍い痛みが。夢じゃなかったんだあれはと思い、Tシャツをめくるとやっぱり胸は赤黒く腫れ上がっていました。くねくねと悶絶しながら起き上がり、携帯電話を探しました。僕がこれだけ悶絶しているのだから、彼だって今頃同じように悶絶しているはずです。後輩の体が心配であるのと同時に、自分のチョッピングが効いていないとはどうしても信じることができないというのもあって、彼に電話しました。何度めかのコールの後、「もしもし」と彼の声が聞こえてきたのでほっとしました。喋れるくらいには回復しているようです。それにしても、この気まずいような、それでいて以前よりも深い繋がりを感じるような、奇妙な感覚…。昨日の敵は今日の友、きっとそういうことなんだろう。どうやら彼も同じような感覚を抱いているらしく、以前にも増してくだけた口調で僕の体を気づかったりしてくれて、それがすごく嬉しくて。嬉しくて。嬉しかったのに。


「全然平気っすよ」
「実はおれ、キョクシンやってたんですよね」


キョクシン?えらく耳慣れない言葉だよねそれ。いやもしかしたら耳慣れてるけど脳が何かを拒否してるのかな。よく分からないけどさっきから涙が止まらないんだけど気のせいかな。今ちょろっと思い出したんだけどさ、僕の知ってるキョクシンって下段蹴りでバットを叩き折ったりビール瓶を手刀でスパーってやったり熊を殺したりするやつなんだけど、キミの知ってるキョクシンはどう?ん?マコトをキワめる?いや意味分からないし教えてくれなくていいから。マス大山?それはなんか聞いたことあるよ。ん?週明けに2千円忘れずによこせってか。んー、まだ払ってなかったっけって払うかボケ!そんなやつに勝てるわけありませんやん!なんか胸板厚いなって途中からうすうす気づいてましたもん僕!!!昨日の敵は今日も敵。そんな当たり前のことに気づきながら電話を切りました。

空手バカボン ナゴムコレクション

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