午後20時における世界の終わりの飲食店

食い入るように、という言葉では生ぬるいであろう眼差しで、大好物の警視庁24時的な特番を見ている母親によってぎゅっと握り締められたリモコンをもぎとった父親は、チャンネルを阪神vs横浜に変えた瞬間、すうっと表情を消し、「岡田を信用したおれがアホやった…」とひとりごち、次にチャンネルを巨人vs中日に変えると、「頼む!両方負けてくれ!」とお願いしていました。神が存在していたとて怖気づかせるだけであり、決して叶うまいその無理すぎる願いはやはり叶わず、というか叶う間もなく、怒り狂った母親が彼の後頭部に対して危険な角度から掌打を浴びせ、浴びせたその手を前方へスライドさせながら、ダンサーのような華麗でしなやかなる動きでリモコンを奪い返し、再び「警視庁24時」にロックオン。彼女の両眼はまさしく野生動物のそれであり、この期に及んでもまだ、おしどり夫婦がイチャついているのだと信じようとした僕を嘲笑うかのように、その身に本気という名の鎧を纏った彼女は要するに、女豹そのものでした。やや老いて、やや干からびたその女豹は「シャーッ」と声をあげ、自分の夫を威嚇しました。しかし父親とてまた然り、こちらは紛うことなきゴリラでした。しばらく意識を失っていたもののすっくと立ち上がり、胸をドラミングしました。むしろパチパチパンチのようでしたがそれはさておき彼らは睨み合い、離婚さえ辞さない勢いでリモコンの奪い合いをはじめました。しかし残念なことに、ここは野生の王国でもなんでもなく、厨房でした。自分たちが飲食店を営んでいることや、今まさに営業中だということや、少なからずお客様がいらっしゃることを、すっかり彼らは失念していたため、「生1つちょうだい」「自分で入れたらええがなそんなん」「おばちゃん、焼きうどん1つ」「今忙しいの、見てわからへん?」「じゃあ、おでん…」「もういちいちこっちに言わんでええから勝手に好きなん取っていって!しつこいねん!」みたいな、風変わりなセルフサービスを楽しめる(ある意味において)非常に斬新なスタイルの飲食店が生まれていました。いくら夫婦で気楽に小ぢんまりとやっているとはいえ自由すぎるのでは?自営業っていうか、自由業では?そのような陳腐な疑問が差し挟まれる余地は、もちろん存在しません。なぜならお客様はすべからく、自分で生ビールをジョッキに注ぐなりしていたからです。誰も文句を言わず、それどころか手馴れた感じすら見え隠れしていました。確かにお客様は神様です。それは間違いありませんが少し付け加えます。お客様(の慈悲深さ)は神様(レベル)です。ただ残念ではありますが、僕には自分の両親が何様なのかがわからなかった。

無法地帯

無法地帯