ニッキンポ殺し

免許証の更新手続きに行くと、平日の昼間だというのに完膚なきまでに混んでおり、野戦病院か、あるいはグランドオープン初日のパチンコ屋のようでした。更新料やらなんやらをふんだくられてから視力検査を済ませると、見たこともないような巨大なカメラの前に連れていかれました。写真撮影でした。自慢ではありませんが、たびたび密入国者と間違われます。「サイトシーイング!サイトシーイング!」と叫んだりします。だからカメラの前に備え付けられた椅子に座るやいなや、犬も歩けば棒に当たるとか弘法も筆の誤りとか思いつく限りの諺を口走るなどして日本人であることを必死にアピールしていたところ、係のひとがティッシュを差し出してきました。鼻くそでもついてるのかな…と棒状に細長くしたティッシュで鼻の穴をほじくり回していると、とても悲しそうな顔をしながら係のひとは首を横に振りました。そして一言、「顔を拭けやコラ」と僕に告げました。何を言ってるのだこのひとは。顔全体に鼻くそがついているとでも言いたいのか。さすがにそれだと気づくだろうし目の下のこれはホクロだってば。そう抗議してやろうと椅子から腰を上げかけたところで背中に殺気を感じました。振り向くと、おそらく次の番であろうご婦人が僕をにらみつけながら、係のひとからティッシュを奪い取り、視力検査の機械の、目の辺りを押し当てる部分を熱心に拭きはじめました。はっ!と思い出しました。僕の顔面は冬が終わりを告げるとともに、脂ぎっていくのでした。すいません、すいません、写真を撮り終えたらすぐに死にますので…と謝りながら、ほっぺたとおでこと鼻の頭を念入りに拭いて写真撮影してもらいました。遺影です(イェーイ)。それなりにうまく笑えていたとは思います。

きらきらひかる

きらきらひかる

  • 作者: 江國香織
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1994/05
  • メディア: 文庫