ジェットバッグ・ドロップターン

スキーやスノーボードの道具を収納する、車のてっぺんに装着されている、ひっくり返ったカジキマグロみたいなやつ。それをひとはジェットバッグと呼ぶ。つまり、松方弘樹さんが釣るほうがカジキマグロで、釣らないほうがジェットバッグで、冬になると装着した車が増える。スノーボーダーのはしくれである僕も、自分の車に装着する。ただもうじき夏だというのに、いまだにジェットバッグを装着したままの車がたまにいるので、それには要注意。運転しているのは殺し屋で、バッグの中には手榴弾や狙撃銃、盗聴器などがぎっしりと詰め込まれているはずなので。殺しに季節は関係なく、夏が来たからといって、「殺し屋、はじめました」と冷やし中華的なお知らせをしてくれるわけでもなく、彼らの手は、年中無休で血に塗れているのだ。おおこわい。更に詰め込むだけでは備えが足りないと考える、病的なまでに用心深い殺し屋は、ジェットバッグそのものをミサイルに改造している。ガンタンクみたいな感じに2つ装着するやつまでいたりするから、さあ大変。彼らを不用意に刺激しないためにも、来年の交通安全スローガンは、「歩行者に、道をゆずろう。ジェットバッグを装着している車には、もっとゆずろう」とかでぜひともお願いしたい。というのはさておき、コレを書いている時に、小中高あたりの思い出はそれなりに充実しているのに、20歳前後の思い出(主に恋人と過ごした甘酸っぱい日々方面)がまるでスカスカになっていることに気づいて、そしてひらめきました。おそらく僕は、CIAでバイトをしていたのではないか。週6で。そして機密事項の漏洩を恐れたCIAが僕の記憶を消してしまったのです。そうか。それで殺し屋事情にも精通しているのか。なんか知らないけど繋がりました。いつか正社員になれる日を夢見て、雑用ばかりを命じられても文句の一つも言わずに全力で取り組んでいたであろう僕。今日も今日とて仕事を終え、疲れ果てた身体を引きずりながら着替えを済まし、出口に向かうとそこには1人の老人が。音もなく僕の背後へ回り込んだ老人は、手に持った杖で僕のつむじを3回、トントントーンと叩く。言いたいことが言えなくなったりすることからスパイ用語で「POISON」と呼ばれるその技で、その日の記憶をごっそり消されてしまった僕はそのまま気を失い…。そんな日々を繰り返していくうちに、僕の言動がおかしくなりました。いわゆる後遺症というやつで、誰かに話しかけられると無意識のうちに「ちょっと急いでるから後にして」という言葉を口にしてしまうのです。その頻度は日々を重ねるごとに増え続けて、やがて周りのひとは呆れ、かわいそうな目で僕を見、狂人扱いするようになりました。いくら「ちょっと急いでるから後にして」が「C(ちょっと)I(急いでるから)A(後にして)」という意味だと説明したところで無駄でした。そしてその後遺症は今も、僕の身体を蝕み続けているわけです。


「15時からミーティング入れといたから出てくれる?」
「ちょっと急いでるから後にして」
「来月のスケジュール、そろそろ出してくれるかな?」
「ちょっと急いでるから後にして」
「ところで、6月末に納品できそう?」
「ちょっと急いでるから後にして」

今日も課長をひどく怒らせてしまいました。まあ、怒るのも無理はないけど全部CIAのしわざなので諦めてください。