誘拐(ダメな)
「もしもし」
「お前の息子を預かっている」
「はぁ、あのー、申し訳ないのですけど、私、あなたに息子を預けた覚えが全くありません。とはいえ私が失念しているという可能性も否定できないわけで。もしよければお名前をお聞かせ願えませんでしょうか。そうしてもらえると助かります。お手数掛けまして恐縮です」
「あー、めんどくさいから率直に言うわ。息子を誘拐しましたよ、と」
「えっ!えーっ!」
「2回びっくりされても困る」
「誘拐されてるという事実に対するサプライズと、誘拐犯のあなたと普通に喋っていた自分へのサプライズといったところでしょうか」
「説明されたらもっと困る。ていうか、息子を誘拐されてるのに焦ろう!焦っていこう!」
「はっ!これは申し訳ありません。私としたことが…。でも、そちらも身代金を要求するのをすっかりお忘れになっていませんか?」
「うん、お気遣いなく。今から要求するから。1億円よこせ!さあよこせ!」
「…」
「な、なんで急に黙るの?」
「いえ、ほんとに1億円でいいのかなあって思いまして」
「ええも悪いもないがな。つべこべ言わんと用意したらええねん」
「あなたにどういう事情があって誘拐して身代金を要求されているのか知る由もないのですけど、おそらく2億円ぐらいであれば速やかに用意できると思いますので、そちらの都合さえよければ2億円ということで話を進めていきたいのですが、どうでしょう?」
「おまえ頭おかしいやろ」
「ひどい!私はただ、息子を返してもらうためなら私の全財産と引き換えにしても構わないという意思表示というか心意気を見せたいだけなのに!」
「ごめん言い過ぎた。でも1億円でええねん」
「いやだからそこをなんとか2億円にしていただけないでしょうか」
「もう何でもええから好きにしてくれ」
「じゃあ2億円で承りました!」
「なんでちょっとテンション上がってんねん。んじゃ、いったん電話切るから」
「あっ!あっ!ちょっと待ってください。やっぱりあなたの意見も尊重するべきだと思うので、間をとって1億5000万円にいたしましょう」
「一つだけ言っとくけど、普通は誘拐してる側の言いなりになるもんやでおまえ」
「そうなんですか?なにせ私、こういった経験が全くありませんので」
「俺も、まあ、初めてやけどな」
「そうなんですか。まあ、童貞と処女が初めて一つになる時も、なかなかうまくいきませんからねえ」
「あれ、ここに入れたらいいのかな?とか迷っちゃったりしてね…ってなんでおまえとエロトークせなあかんねん!」
「突っ込むだけにノリツッコミですか?」
「やかましいわ!」
「あっ、そうそう。現金を入れるのはジュラルミンケースとスポーツバッグのどちらがいいと思います?」
「知るか!」
「実は私、極度の優柔不断でして、どちらに入れるか迷ってるうちに遅刻するかもしれませんし、そうなるとお互いに気まずいかと思いまして」
「なんかおまえ、デートと勘違いしてないか?」
「さすがにそれはないですよ。でも確かにこの胸の高鳴りは何でしょうね?」
「高鳴っててもええし、スポーツバッグでええから、ほんまに早よしてくれるかな」
「スポーツバッグで2億円、確かに承りました!…いやでもスポーツバッグだけだと、ちょっと淋しい気がしません?」
「おまえの息子のほうがよっぽど淋しい思いしとるぞ…」
「うーん、どうしよっかな。どうしよっかな。あっ!いいアイデアを思いつきました!」
「…」
「…」
「言えよ!」
「うーん、私が思うに、あなたは少しカルシウム不足かもしれませんね。あまりイライラするとお体にもよくないですので、ここはもう少し落ち着かれたほうがよいかと」
「分かった。分かったから思いついたアイデアを教えて。できるだけ手短に」
「1億円をスポーツバッグに、残りの1億円をジュラルミンケースに入れるっていうアイデアなんですけど…」
「…」
「お気に召しませんでしたか?」
「最高にお気に召したから。それぞれ1億円が入ったスポーツバッグとジュラルミンケースを俺が受け取って、おまえの息子を開放して、もう金輪際、おまえとは関わらないようにするから」
「いやいやいやいや。ここで知り合ったのも何かの縁ですから、今後とも、息子ともどもよろしくお願いします」
「…もう何もかも嫌になってきた!おまえの息子を殺して俺も死ぬ!」
「ちょ、それはだめですって!息子を殺すのもあなたが自殺するのもあなたの自由ですけど、2億円が渡せなくなる私の気持ちも考えてくださいよ!」
「もうええわ!」
「「しっつれいしましたー」」
- 作者: ぐっどうぃる博士
- 出版社/メーカー: 大和出版
- 発売日: 2007/04
- メディア: 単行本