一寸先は闇、松崎しげるも闇

エキセントリックな人間を魅了するなにかがパチンコ屋にあるのか、それとも人間をエキセントリックに変貌させてゆくなにかがパチンコ屋にあるのか、あるいはダパンプの真ん中の帽子の中にはなにがあるのか、むしろなにもないのか、そこらへんはよくわからない。でも僕が、パチンコ屋でゴルフバッグを背負ったおっさんを見たのはウソじゃない。間違いなく彼は、芝を読むような目つきで釘を読んでいました。寸分の狂いもなく刈り込まれた彼の頭頂部は角刈りというよりはむしろグリーンだよ!いやそれどころか、地平線そのものでした。明けない夜はないじゃない。僕はおっさんの後を追っていました。「わたしの前世は裸族」のミリオンセラーがいまだ記憶に新しい倖田來未さんをモチーフにしたパチンコ台の前で足を止めた彼は、ゴルフバックを肩から下ろすとやがて打ち始めました。盤面のガラスに鼻先が触れるほどの距離で倖田來未さんを凝視しながら、時おり遠くを見たりもし、かと思えば携帯電話を取り出し倖田來未さんと記念撮影を試みるおっさん。一連の怪しい挙動に驚きを隠せない両隣の客。かたわらに置かれたゴルフバッグの放つ不気味な存在感も今夜の見どころでした。エスパー伊東が4人は入れる、と書けばゴルフバッグの大きさが伝わるでしょうか。ちなみに切り刻めば10人は入ります。それはさておき苦情でも寄せられたのかしらん、とうとう雇われ店長がお出ましになられました。お出ましになるやいなやおっさんを見下ろし、「そのお荷物はこちらでお預かりしておきますので」と吐き捨てました。「うっさいねーん」とおっさんは一蹴しました。ハエを追い払うような手振りをしながら。すると雇われ店長の肩はぶるぶると震えました。「来るぞ…」と野次馬の1人がつぶやきました。雇われ店長はむんずとおっさんの手を掴むと捻りながら耳元に顔を寄せ、「このわたしが責任を持ってお預かりしますと言っておるぅ!」と平成の歌姫も嫉妬するシャウトで威嚇したように見えました。そしてすかさず空いたほうの手でバッグを掴んで奪いにかかりました。顔を歪めてのけぞったおっさんはしかし、バッグは渡すまいとカニ挟みの要領で両足でしがみついて抵抗しました。小競り合いと呼ぶにはあまりにも熱いものが迸る、いわば漢と漢の魂のぶつかり合いが続く中、ゴルフバッグのチャックがやや開いているのがふと目に止まり、その瞬間、僕のおいなりさんは縮み上がりました。中にはゴルフクラブの他に、なにやら黒光りする筒状のものが見えました。黒光りするそれは十中八九、ライフルの銃身でした。木を隠すなら森の中、とはよくいったものです。やはりおっさんは只者ではなかったようで、ゴルフ帰りにパチンコを楽しむおっさんを装いながらも実は殺し屋か、殺し屋か、もしくは殺し屋です。となると、おっさんがこのまま押され続けているわけがありませんでした。雇われ店長に髪の毛を鷲掴みにされている彼の目はもちろん死んでおらず、あまつさえ虎視眈々と逆襲の機会を伺っているようにさえ見えました。これはもう、遅かれ早かれライフルでズドンです。雇われ店長の胸に赤い薔薇が咲きます。おいなりさんを揉みほぐしている場合ではありませんでした。今すぐに彼らを止めないと。そのような気持ちはなきにしもあらずでしたが、いかんせん僕は撃たれ弱かった。流れ弾がかすった程度できっと死んでしまう。びっくりして死んでしまう。でも死ねない。しばちゃんとチッスするまでは。だから回れ右をしてその場を離れました。助けて!助けて!と走り回っていると、幸いにもじきに、弾除けにふさわしいがっちりとした体つきの男性の店員を見つけたので、かくかくしかじかで店長が生命の危機に晒されていますよと、おいなりさんを揉みほぐしながら伝えました。店員の顔に緊張感が走りました。一方で僕の全身には快感が走っていました。縮んだおいなりさんを元の大きさに戻そうとしていたはずが、いつの間にやらおかしなことなっていました。よくあることでした。ともあれ雇われ店長を救出すべく、僕らは風のように走りました。その甲斐あってか、おっさんのライフルはまだ火を噴いておらず、雇われ店長の胸には何も咲いてはいませんでした。うずくまりながらゴルフクラブでしこたま殴られてはいましたが、うめき声を出す余裕があるならまだまだHEAD-CHA-LAです。光る雲を突き抜けた雇われ店長がFly Awayしてしまわないよう僕は祈りながら店を出ました。

逃亡作法 TURD ON THE RUN

逃亡作法 TURD ON THE RUN

  • 作者: 東山彰良
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2004/03/16
  • メディア: 文庫