松崎しげるは高橋開発ではないということ

永遠(とわ)の育ち盛りこと僕の、存在の耐えられない重さに耐えかねて、職場で使っている椅子が壊れたのは先月半ばのことでした。それからというもの、こっそり喫煙室から拝借してきた小ぶりな丸椅子に座りながらの仕事が続いたものですから、仕事以外のキレが増しました。ブリーフ(白)に染み入るおしるしの半径が広がると、引き出しから突然、ミスチルが飛び出してきました。ダーリンダーリンと僕を指差しました。どうせなら虎縞ビキニの女子がよかっただっちゃ。とはいえブリーフ(白)は、国旗そのものでした。なら今の自分は、日の丸を背負って試合に挑むサッカー選手のようなもの。「限界には、限界はありません。限界の定義は何だと思いますか?限界は個々の選手の目標で、限界を超えれば次の限界が生まれるのです」という、かのイビチャ・オシムの有名な言葉を僕は思い出しました。だから何度倒れようとも立ち上がろう!這いつくばってでも前へ進もう!踏み出したその勢いでさらにもう一歩進もう!屈するな!諦めるな!振り向くな!迷うな!悔やむな!響けこの声!届けこの想い!さあ、アナルJAPANの意地を今こそ見せるのです!パゥワパゥワ!敵は誰でもなく、強いていえば己自身でした。自分を奮い立たせ、脳天へと突き抜けていくペインの洪水に耐える日々は続きました。流した脂汗の分だけ強くなりました。ケツの皮すら厚くなりました。おもしろいことを言った覚えもないのに、クッションを3枚ほど重ねた上に座ったりもしました。不審がられました。そして昨日、ついに総務部から新しい椅子が届きました。祝福の鐘が打ち鳴らされ、大空では平和の象徴である鳩がピースサインを象り、引き出しから今度は黒人の男が飛び出し、僕を抱き寄せ「ビクトリー!」と叫びました。そこでようやく自分に打ち勝ったことに気づいた僕は、黒人の男のこめかみを殴りつけてから届けられた椅子に座ろうとしたのですが、何かが、いや、何もかもがおかしかった。まず目につくのがその豪奢なフォルム。さらに驚くべきはそのホールド力、臀部が接触した瞬間にすわ底なし沼かといわんばかりに体が沈んでいくのですが、不思議と怖さを感じることはなく、それというのも圧迫しない程度に包み込む絶妙の安心感がそこにはあり、ふかふかという一言で表すにはあまりにも生ぬるく、ただでさえ止まりがちな頭の回転が微動だにしなくなるであろうことは想像に難くなく、もはや椅子というよりは母親であり、遠い昔の記憶がまざまざと甦り、女子社員の乳房へ思わず手を伸ばそうとしたのもうなずける話というもの。たとえ指使いが大人のそれだったとしてもです。ミルクが出なくてもいいのです。むしろそのようなものはこちらが出します。というのはさておき、どうも同姓の部長と勘違いされて、いわゆるお偉いさんがお座りになられる椅子が用意されてしまったようなのですが、もちろん当方、お偉いさんではありません。見た目は太っ腹そのものですが、収入はいまだ低空飛行を続けており、しかもそのほとんどが本棚の隙間を埋める費用に充てられるせいか、煙草は人から貰うか拾うものだと考えているフシがあります。それゆえ新しい椅子(通称:ナ椅子)に座って仕事をはじめたところ、間違い探しクイズで一番最初に気づかれそうな程度の違和感を全身から放ち、瞬く間に注目を浴びました。もちろん悪い意味で。でも座り心地と居心地のどっちを取るか、そう簡単に選べるわけがなく、立ちっぱなしで定時を待ちわびていました。

人間椅子

人間椅子