なんにも気づけずに、なんにも築けずに

8月1日付で右から左に受け流されました。人事異動を告げる時のピカチョウは、レモンさえあればすぐにでもザテレビジョンの表紙を飾れるだろう笑みを浮かべていました。その笑みを僕は生涯忘れられそうにないだろうし、思い出さない夜はないだろうし、部下が巣立っていくことへの淋しさを噛み殺して無理に微笑んでいるというよりは、願い続けた夢がようやく叶って笑いが止まらなくなったように見えました。要するに、ざまあみろとかせいせいするわとか、そんなんでした。ひどい。僕らの心に降り積もった憎しみが溶けてなくなる日はいつ?そもそも僕ら、どこでボタンを掛け違えたの?たとえばもし、違う形で出会ってたら僕らはうまくやれたのかな?数え切れないほどのクエスチョンマークが頭の中をびっしりと覆い尽くしましたが、ただひとつだけはっきりとわかっていることといえば、あなたがハゲたのは僕のせいではないということ。入社した時にはすでに、あなたの頭頂部は夏の終わりのハーモニーを奏でていました。終わりは始まっていました。始まりすら終わりの始まりだといわんばかりに、神の御前で永遠を誓うのが馬鹿らしく思えるほどにハゲ散らかしていました。そして、今はもうない。ばいばい、ピカチョウ。「お世話になりました。あの、送別会とかはもう、やってもらわなくて全然いいんで」と気を遣ってみたところ、すうっと真顔に戻りつつ「最初からその予定はありませんから」と返されました。


ところで異動することになった部署ではついに、窓際ではなくなりました。なぜなら、窓がなかったからです。資料室や用品庫があるだけの地下1Fにひっそりと、それは存在していました。どう見てもデブリ課でした。ハチマキもタナベもいませんでしたが、ジョージはいました。外国人ではありません。ヤナギならまだしも残念なことに、アベのほうでした。厳密には安部譲二ドズル・ザビを足して4億倍したような面構えであり、とにかく新しいボスは禍々しく、塀の外の空気に馴染んでないのは明白でした。目が合うと何もしていないのに謝りたくなるので、仕事どころではありません。カカシに祈ろうが、「理由になっていない」という理由でいつか撃ち殺されるに決まっています。だから心機一転、海賊王になるのは諦めて犬になろうと思いました。仰向けになって腹を見せるなどして、服従する意思をなるべく早くお伝えしたい。

何もいいことがなかった日に読む本

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