歩いて帰ろう

先週は月末ならびに夏期休暇直前スペシャルということで、マンディから満ちていました。第9話「残業、心、重ねて」みたいな。残業につぐ残業の果てに朝日を浴びた死にかけどもが、よだれを垂らしながら目の下に出来た隈の黒さを競う番組です。最終回を待たずに鼻血が止まらなくなってそのまま全員死にます。そんな水曜日、なぜか研修への参加を命じられました。恋占いをするように髪の毛を1本ずつ抜いてあげながらピカチョウの空気の読めなさを責めるべきなのか、それとも自分が戦力GUYと呼ばれている理由を考えるべきなのか、それはわかりませんが、社内が気まずい空気に満たされたことだけはわかりました。そこいらの社会人であれば瞬時に心を折られるであろう絶対零度の視線のスポットライトに照らされながら、ホワイトボードに「外出」と書いて会社を出ました。何食わぬ顔で。自分さえよければ、とまではさすがに思えませんが、1人しか乗れない救命ボートを他人に譲ったりはしません。群がる人々のこめかみを殴りつけたり、うなじのあたりに手刀を叩き込みます。障害は全力で排除する。たとえそれが小倉優子さんだったとしても。田中家の長兄に課せられた宿命ですからね。人間はいつか死にます。でも写真集やDVDは残るじゃないですか。ほんならええやんか。広島行きの新幹線に乗りました。もちろん車中では残してきた死にかけどもに対する後ろめたさで胸が苦しくなりましたが、でも不思議なことに、1本のビールが全てを忘れさせてくれました。アルコールの力って、すごいにょ。語尾をかわいくしたらなにもかも許されるのではないかにゃん。少し無理があるのは百も承知です。ただ僕に、常識が通じると思ったら大間違いです。あまり見くびらないでほしい。ビール1本で泥酔しているのは寝不足による体調不良が原因です。広島駅に到着したので降りました。


広島市民の4割がカープファンだとしたら残り6割は組員というのがVシネマから得た僕の感触だったのですが、実際はそうではなくて、平和な街のようでした。ただ駅を出てすぐのところで、「タマとったろか」「とれるもんならとってみい」と押し殺した声で会話しているキャッチボール好きなおっさんたちがいたり、後姿のワイシャツ越しからグラフィティアートをうっすら透けさせたおっさんたちがいたり、「パンッ!パンッ!」と乾いた耳慣れない音が聞こえたりはしました。市電に乗ると、中では風邪薬のような白い粉末が売られていました。先週あたりから風邪気味だったことを思い出し、5グラム買いました。飲もうとすると、鼻から吸うのだと怒られました。妙だなとは思いましたが、郷に入れば郷に従えという言葉を思い出し、ふん、ふん、と吸いました。とても気分が高まり、周りの風景がぐにゃりと歪みました。ばっちり効いているようです。袋町に到着しました。まあ、なんていやらしい名前。もしかしたらおいなりさんをチュパチュパしてくれる等のサービスがあるのかなと思いましたが、午前中だったのが災いしてか、手コキすらありません。諦めて、研修が開催される某企業のビルへ向かいました。会場に入るとそこは天国でした。講師のお姉さまの美しさに目を奪われました。どうせお金は会社が出すのだし倍の受講料を払ってもよかったかなと思いましたが、研修開始から10分ほどでそこは地獄に変貌しました。なぜなら会場に用意された椅子の硬さがボディブローのようにダメージをじわじわと蓄積し、セカンドインパクト級の大災害が予想されたからです。何か手を打たなくてはと、研修の内容とはあまり関係のない質問で恐縮ですが、クッションはありますか?できれば真ん中に穴が開いたドーナツのような形状のやつをお願いしますとお姉さまにすがりつきましたが、ないですねと一蹴されました。探すふりすらナシの方向でした。身体を左右に振って重心をずらすことでダメージを軽減してはいましたが、それにしたってもう、活動限界でした。夕方になり研修を終える頃にはアナル初号機は完全に沈黙していましたし、研修の内容はほとんど頭に入っていませんでした。当然ながらお姉さんからの夜の研修のお誘い(淫靡テーション)もなく、正直なにしにきたのやら。


やや腹ペコでしたがごはんを食べるには少し早いので、観光がてら広島駅まで歩くことにしました。30分ほどなので、いい運動になるかと思ったからです。でも30分ほど経っても、歩けども歩けども、広島駅は見当たらず。というより広島なのかどうかもわからない。この時点でようやく自分が方向音痴だったことを思い出したのですが、もう手遅れです。広島駅が恋しくなりました。もう二度と離さない。永遠の契りを交わそう。でも君は、もういない。丘の上に住む誰かの、氷のような腕に抱かれて、未来を手に入れたのです。愛とひきかえに。省吾、悲しい。タオルを頭に巻いてバンダナのようにしてはみたものの、サングラスを忘れていたからでしょうか、何も解決しませんでした。こうなったら最終手段かと思い、空に両手をかざして、「みんな!オラに紀香魂をちょっとずつ分けてくれ! 」と叫んでみました。雨が降り、僕の身体を冷やし、雨が上がり、虹が出ました。虹の先には広島駅が見えました。タクシーを拾って、虹の先まで向かいました。でもタクシーの運転手さんには「広島駅まで」とお願いしたので、紀香魂が役に立ったかといえば必ずともそうではないし、今後の僕の人生にもあまり必要ではないほうのソウルなのかもしれません。だからなのでしょうか、広島駅と向かい合っても、あれだけ恋焦がれ、憧れ、夢にまで見た広島駅が今まさに目の前にいるというのに、僕は呆然と立ち尽くしていました。不思議なことに、すうっと潮が干くように、盛り上がっていた気持ちが冷めていたのです。冷めていいのはチャーハンだけなのに。付き合うまでが一番楽しいよね。友達が言っていた言葉を思い出しました。ただそのことを広島駅に告げるような残酷さは持ち合わせていませんでした。中途半端な優しさが、より人を傷つけてしまうことはわかっていたのに。そういう意味では僕は幼く、欲しがっていたおもちゃを買ってもらった瞬間に興味を失くしてしまう子供のようでした。無言で見下ろす広島駅と別れた僕は、もちろん新幹線の車中では後ろめたさで胸が苦しくなりましたが、でも不思議なことに、1本のビールが全てを忘れさせてくれました。

会社を辞めるときの手続き完全ガイド

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  • 作者: 日本実業出版社
  • 出版社/メーカー: 日本実業出版社
  • 発売日: 2007/05/25
  • メディア: 大型本