新年会には行きません

今後の予定を劇団ひとり風にいうとクリスマスひとりで、更にその先には正月ひとり、バレンタインひとり、誕生日ひとりというわけで、要するに人生ひとり、死ぬ時ひとり。そういうの、忘れたいの。今は忘れたいの。先週は職場の忘年会がありました。しゃぶしゃぶを食べました。ノーパンではないほうなのに会費は1万5千円でした。ジャンプコミックスが36冊買えるほどの大金です。素っ裸でユニクロへ行ったとしてもそれなりの格好になれてしまうほどの大金です。最初に忘年会のお知らせメールが送信されてきた時、晩餐会の間違いではないかと幹事に確認したのですが、忘年会だという主張を彼は覆しませんでした。あまつさえうっとおしい顔をされました。沢田さんは財布より、頭のねじがゆるんでいるにちがいありません。それともボーナスが右肩さがりかつなで肩下がりだったのは僕だけか。真相はわかりませんが、大枚をはたく以上は元を取りたい。当日は乾杯が終わるやいなや、無言でしゃぶしゃぶしました。正確にはしゃぶしゃぶではなく、しゃ、ぐらいで肉を鍋から引きずりだしていました。そして食う。しゃ、食う、しゃ、食う、しゃ、食うって次から次へと味わっているひまなどありません。しゃぶしゃぶ中毒です。でもこれぐらいのおとなげないペースでいっとかないと、ビール類を飲まない分を考慮した場合、辻褄が合わなくなりますゆえ。当然ながら1時間ほどすると、おなかがふくれてきました。ベルトの穴を2つゆるめたので、だいたい1万3千円分ほど食べている計算になります。これでも払った分と比較すると、やや損をしていることになりますが、それぐらいの余裕を見せておいたほうがいいかなと思い、あとはデザートの抹茶アイスでかんべんしてあげることにして、壁にもたれてぼんやりと、アケボノさんに門下生が存在するという衝撃の事実について想いを馳せていました。すると、ピカチョウに呼びつけられました。「田中くんちょっとー」とかうぜえ、こいつ、まじうぜえ。またビールを注げとかぬかしよるのですねおまえは、と内心毒づきましたが、長いものにはローリングクレイドルをかけられているかのように巻かれていく奇病を患っているので、スルー力ではなく中堅社員らしからぬダッシュ力で彼のそばまでがぶり寄ったところ、立ち上がらされ、むんずと腹の肉を掴まれました。ん?と思いつつ、いらっとしましたが、顔は笑っていました。これも奇病の副作用です。しかしその笑顔すら凍りつきました。ピカチョウの一言で。


「今から脂肪吸引するぞー!キュイーン!」


しゃぶしゃぶ専門店がしん、と静まり、ちょうどお皿をさげにきていた店員さんの眉間に深い皺が寄り、しゃぶしゃぶ鍋の灰汁が増えました。僕は僕なりにせいいっぱい、ふくれているおなかをへこましたりの努力はしたのですが、焼け石に水でした。忘年会がお開きになるまでずっと、まるで銀行強盗が乱射したピストルの流れ弾に当たってしまったようなひとを見るような、いたたまれない視線のシャワーを浴び続けながら僕は、ピカチョウをこらしめることだけ考えていました。その結果、泣かすか、死なすか、むしるか、日記に書くという四択になりました。

僕はこうして日本語を覚えた

僕はこうして日本語を覚えた

  • 作者: デーブ スペクター
  • 出版社/メーカー: 同文書院
  • 発売日: 1998/09
  • メディア: 単行本