ドンゴンと僕

うなじのへんに埋め込まれた金属片がやたらと疼くので、午後の仕事は全てキャンセル。チャンドンゴンといっしょに市民プールへ行きました。チャンドンゴンとは仮名で、つまり職場の後輩のことです。罪悪感を分け合うためだけに無理やり付き合わせました。そんでもって更衣室で海パンに着替えていると、僕の足を見ながらドンゴンが、「それ、剃ってんすか?」と尋ねてきたので、とても傷つきました。確かに遠目から見ると、脛の辺りはつんつるてんです。でもどうか、じっと目を凝らしてくださいドンゴン。うっすらとした産毛がかろうじて見えるからきっと。絶対に剃ってやしないから。剃ってるわけあらへんやん。むしろ阿羅漢やん。


「うむ、ドンゴンよ。今からワシの言うことを聞け。これ、修行する手は休めるでない。そうじゃな、例えば課長のおでこを見ながらでも、おぬしは同じことが聞けるのか?ふん、そんなことを聞いたが最後、大変なことが起こるに決まっておろうが。人死にが出るか…。もしくは左遷とかのう…。まあ、まだおぬしには理解できないかもしれんがな、じゃがな、ドンゴン、いつかきっとおぬしにも、彼の気持ちが分かる日がきっと来ようぞ。彼の、どこまでがおでこでどこからが頭なのかが分かる日もきっと来ようぞ。それまで精進せえよ、フォッフォッフォッフォッ」と軽くお灸を据えてから、アメリカンドッグとカキ氷を買いに行かせましたドンゴンを。


空腹を満たした後、休憩所みたいなしょっぱい建物でくつろいでいると、ドンゴンがジロジロと僕の腋を見ているのに気づきました。いかにも僕をモノにしたがっているかのような潤んだ目で。なんだこの不穏な空気は。僕は、尻の穴をウンコを出す以外の目的で利用するのはいかがなものかと思うんだけど、ドンゴンはどう?何か言ってよドンゴン。いや、あの、お願いだから何か言って。きみがどうしてもって言うなら僕も、先輩として後輩の期待に応える方向で検討するから。なあに、少し痛いのを我慢したら案外とよくなってくるかもしれないしね…。と猛烈に葛藤している僕をバンザイさせて、「ワキ毛も少ないんすか?」とつぶやきながら眉ひとつ動かさずに毛をカウントしはじめるドンゴン。こいつ…完全に狂ってるわ…アホやろ…と恐れおののきました。腋は脛と違ってウブではない類の毛がしっかりと生えてはいるのですが、やはりというかなんというか、結果は右腋が18本で、左腋が29本。あまりにも少ないのと、右と左の本数が微妙に異なっていたのがおかしくて、2人でクスクスと笑いました。でもドンゴン曰く、臭いは笑えない程度にえげつなかったそうで、今度は僕が焼きそばとペプシを買いに行かされました。


休憩所に戻ると、ドンゴンが泣きながら自分のヒゲをむしっていました。どう、どう、どう、と落ち着かせて、泣き止むのを待ってから話を聞いてみると、僕のように体毛が薄く、つんつるてんになりたくなったとのことでした。そう、ドンゴンはもっさりとしたギャランドゥを持つ男なのでした。でもヒゲすらほとんど生えない僕からすると、男性ホルモン丸出しの、ギャランドゥはともかく彼のヒゲはとても格好がよいと思うし、一度でいいから朝起きてめんどくせえなあと思いながらヒゲを剃ったり、考えごとをしながらヒゲをさすってみたいという強い願望を持っていたりもするわけで。お互いにないものねだりというか、隣の芝生が青く見えてるだけというか。つうかさあ、生えてるものは剃るなり抜くなりどうとでもできるけど、生えてないものはどうにもできないだろうが。なあ、それは贅沢というもんだよ。おまえさん、課長に怒られんぞ。とかなんとか言ってなぐさめるとドンゴンは、ちょっと申し訳なさそうな顔でモジモジしながら、すっと僕の前に手を差し出してきました。どうやら僕の言いたいことは伝わったようでよかったよかった。大きく息をひとつ吐いてから、ドンゴンとぎゅっと握手しました。


「いや、あの、じゃなくて…。先輩の持ってる焼きそばが…。冷めないうちに…」


みっともないくらいに赤面しながら焼きそばを平らげました。ドンゴンのバカ。

イン・ザ・プール

イン・ザ・プール

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